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現存12天守 弘前城 天守 【日本百名城(4番)弘前城】

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①現存12天守 弘前城 天守 【日本百名城(4番)弘前城】

台風24号、雨の中、弘前城 見学してきました。
石垣の上の場所から曳家して、芝の上に鎮座しています。
大工事中の姿、あるいみ、この時期のみの景観かもしれません・・。

表側は、破風なんかあって見栄えがいいんですが、
裏側は、シンプルな造りになっていて、天守というより櫓、
実質、倉庫として使われていたのは納得です。

石垣など改修後にまた、戻されるときには、
赤い橋や桜の樹などと共にキレイな景色になるんでしょう^^

Wikipedia先生によれば、
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天守(御三階櫓)
本丸唯一の現存建築である天守は層塔型3重3階の建物である。現在は独立式であるが、往時は北側に多聞櫓を付属させた複合式であった。この多聞櫓は明治29年(1896年)ごろまでに破却されている。天守の高さは約14.4メートルあり、現存する三重天守の中で最も低い。

1627年(寛永4年)大爆発に焼失した5重天守の代用として、またロシア船の津軽海峡往来などの事態により幕府の許しを得て、本丸南東隅の辰巳櫓の改修を名目として建てられた。1810年(文化7年)着工、1811年(文化8年)に竣工した。往時は幕府への配慮から天守とは見なさず、櫓(御三階櫓)として扱われていたが、「事実上の天守」としての役割を持ち現在は書籍などの多くで天守として扱われている。昭和24年(1949年)に松前城天守が焼失したため、現在最も北に位置する現存天守でもある。

外壁は白漆喰塗籠で、窓と狭間の上下に長押形を施し、また屋根瓦には寒冷地のため銅瓦を葺いている。外側に面する東面と南面は1層目と2層目に大きな切妻出窓を設け、窓には狭間窓を用いるなど小さな建物を華美で大きく見せる視覚効果が施される。一方で、内側である西面と北面には破風を全く付けずに連子窓を単調に並べただけである。いわゆる「二方正面」である。内部も通常の天守建築では最高級の木材や技術が用いられるが、弘前城の場合は普通の櫓と同等の木材が用いられ、構造的にも簡素であり、床も全て敷居を設けず畳を敷くことが想定されていないなど、当初から倉庫として利用されることを見込んだ構造となっている。
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②弘前城 天守




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③弘前城 天守

裏面は、破風もなく、ほんと、シンプルです。





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④弘前城 追手門

天守のほかに、櫓や門などの遺構が、しっかりと
残されているのが、すばらしいです。
けっこう、あちこち、お城、見てますけんど、
珍しいです。
まさに、司馬遼太郎さんじゃあないですけど、
「日本七名城」でしょう!(他はどこ?)

Wikipedia先生によれば、
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二の丸の現存櫓は3層の辰巳櫓・丑寅櫓・未申櫓の3棟である。門は、三の丸追手門・三の丸東門・二の丸南門・二の丸東門・北の郭北門(亀甲門)の5棟がそれぞれ築城時の姿で現存し、以上は国の重要文化財に指定されている。このほかに、二の丸東門与力番所が移築復元されている。
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⑤弘前城 二の門

どの門も立派です。
全部、撮ったかなぁ?





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⑥弘前城

天守前の蘊蓄板も残しておきましょう!!

★撮影日:2018年9月30日(日)・・・青森県弘前市
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